そぞろ歩きな日々

自分の目で見たこと・体験したことだけを伝えるブログ

「生き方」心がフッと軽くなる格言4選!! 「座右の銘にどうぞ!!」

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(更新2019.4.30)

生きていると、いろいろな事が自分の身に降り注いできます。

 

嬉しい・楽しい・美味しい・・・などの幸せを噛みしめる瞬間もあれば、

悲しい・つまらない・虚無感等の『負の感情』に苛まれるときだってありますよね。

 

「ああ、良い事ないなぁ」

「失敗の連続で、この先不安だ・・・」

 

そういった『負の感情』に押しつぶされそうになったら、ぼくは、偉人たちの名言や好きな言葉を思い出します。

 

自分の置かれている状況にピッタリとハマった「言葉」は、心の救いになるものです。

 

根本的な解決法を探るのも一つの手ですが、まずは、少しでもモヤモヤした気持ちを柔らげてみませんか?

 

今回は、

「これは、面白い考えだ!!勉強になった!!」

って感じた、「言葉」を、ぼくなりの解釈を添えてご紹介します。 

 

どうぞ(・∀・)/

 

心に刺さる言葉

 

禍福は糾える縄の如し

(かふく は あざなえる なわの ごとし)と読みます。

 

「禍」は、災い。よくないこと。

 

「福」は読んで字のごとく、幸福の「福」。

喜ばしいことや、嬉しいことって意味ですね。

 

 「糾う」は、縄をより合わせること。

 

つまり、人生はより合わせた一本の縄のように、幸と不幸が順番に回ってくる、という意味です。

 

ぼくは、

「良いことが起こったら、悪いことが起こる予兆だから油断してないけない。浮かれすぎは禁物!!

嫌なことをメッチャ経験したら、次はそれと同じくらい嬉しいことが待っている!!」

って考えています。

 

禍福は表裏一体。

そうやって人生は流れていく、って思えば、ほんの少しは気が楽になりませんか?

 

ただ、幸せは待ち構えても掴めないので、失敗や恥を覚悟でチャレンジしましょう。

その姿勢を貫かないと、言葉だけが先行して何の役にも立ちませんからね!!

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おもしろき 事もなき世におもしろく すみなすものは 心なりけり

幕末の風雲児、高杉晋作の辞世の句。

(下の句は、松蔭が病床に伏せて読めなかったので、看病していた野村望東尼が付け加えたそうです)

 

この句にはいろいろ解釈がありますが、ぼくは、

 

「つまらない毎日を送っているのは世の中や環境、ましてや周りの人間のせいではない。

つまらない原因は、自分の思考や行動にあるのではないか?

自分の心の持ちかた次第で、人生は面白くもつまらなくもなるだろう。

たとえ、辛いことや嫌なことさえも自分の糧となるなら、この「嫌な瞬間」もマルッと楽しんでしまおう!!」

 

と、理解しています。

 

(超ブラック企業パワハラ上司とか、自分の周りの環境を変えないとどうにもならない場合もありますがね

 

高杉晋作が、どういう意図でこの句を詠んだのかは定かではありません。

 

結核にかかり27年という短い生涯を閉じた高杉晋作

 

彼は、幕末という混乱の時代をどう切り抜け生きていくべきか、と常にワクワクしながら思案していたのではないかと、ぼくは勝手に想像しています。

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  天与の花を咲かせる喜び。共に咲く喜び。人、見るもよし。人、見ざるもよし。されど我は咲くなり

 

 小説家・詩人の武者小路実篤の格言。

 

「花」は開花の時期になると、限られたわずかな期間を精一杯に咲き誇ります。

 

 春は桜。夏はひまわり。秋はコスモス。冬は椿など・・・

 

 誰かに命令されなくても、季節が廻ると、ひとりでに花弁を堂々と広げ生きていますよね

 

つまり、

「自分が信じた道があるなら、その道をまっすぐに進んでみればいい。

誰にも見られていないときも、たとえ評価されずとも、自分に恥じない生き方を貫いてごらんなさい。

そしたらいつか、あなた色の花を咲かせることができるでしょう」

 と、ぼくは解釈してしています。

 

 社会生活は、自分の思い通りにはいきません。

とくに人間関係の悩みは、どの世代を問わず悩みのタネでしょう。

 

そのような窮屈な世界を生きていくうちに、気付かずに他者の視線を恐れて「自分」に蓋をしていませんか?

 

人の顔色ばかり伺って、自分の評判を気にしすぎて生き辛くありませんか?

 

もし、自分に非がある場合は素直に謝り、反省しなくてはいけません。

 

しかし、批判されたり嫌われるのを恐れるあまり、自分の本当の意見や考えを抑えるのはもったいないこと。

 

他人様に対して、後ろめたさや恥ずべきことがなければ、「花」のように堂々と生きればいい。

本当のあなたを好きになってくれる人は、必ずいますからね。

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 礼勝てば即ち勝る

(れいかてば すなわち まさる)

 

礼節を重んじるのは大切だが、あまりにも礼儀が正しすぎると堅苦しくなり、次第に相手の心が離れていく、という意味。

 

人と仲良くなるには礼節をわきまえる必要があります。

しかし、あまりにも度が過ぎると相手は、かえってバカにされている感覚になるから注意せよ、ってことですねw

 

この四字熟語に、個人的に加えたい要素があります。

それは、「社交辞令もほどほどに」ということです。

 

どういうことか?

 

結論からいうと、

「本当に仲良くなりたい人に対しては、社交辞令は使わないようにすること

ですね。

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ぼくが人付き合いで大切にしていることは、本音で相手に接することができるかどうかを重視しています。

これは、年齢関係なく、全ての世代に対してです。

 

なぜなら、相手と仲良くなりたいのなら「本音」を隠さずに伝えないと、心の距離は縮まらないと考えているからです。

 

本音を言って嫌われたらしょうがない。

その人とは縁がなかったんだと諦めますw

 

いくら相手に自分を良く見せようと背伸びしても、ボロは出ます。

いつかはバレます。

 

会話の中で、上辺だけのその場を繕った

「頑張ってね!!」

「良さそうだね!!」

「面白そうだね!!」

「こんど、誘ってね!!」

など、心がこもってない同調行為は不自然極まりないです・・・

 

だってそんなの・・・

言葉の詐欺でしょ!!

 

ウソをついて相手をその気にさせるのは失礼だし、傲慢だと思います・・・ 

 

(相手に好かれようと媚びるのが苦手なんですよ・・・)

 

たぶん、営業だったら

「ここだけの話、弊社の商品は、あんまりオススメできないんですよねー」

とか言って、瞬殺でクビになるでしょう。

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反対に、全く性格が合わない人だったり苦手な人に対しては、そこまで深く関わらないでいいんじゃないかな?

 

ある種の「上辺だけの関係」でも問題ないでしょう。

 

社会に飛び出せば、自分と正反対の「太陽」と「月」のような、交わることが不可能な人と接することが絶対にあります。

 

そういう時は、相手の波長に合わせて「ウンウン」相槌してればいいですよ。

余計なエネルギーを使わない。

これも一つの術だと思っています。

 

あ、いくら嫌いな相手だからって露骨に礼節を欠くことはマズいですよw

そこは大人になる必要があります(自戒)

 

おさらい

禍福は糾える縄の如し

幸福と不幸は交互に訪れます。

いま幸せだとしても、油断はしないように。

 

おもしろき 事もなき世におもしろく すみなすものは 心なりけり

自分の心持ちや思考次第で、人生は楽しくもつまらなくもなります。

 

天与の花を咲かせる喜び 共に咲く喜び 人見るもよし 人見ざるもよし されど我は咲くなり

誰にも気付かれない。注目されない。認められない。評価されない・・・

そうやって周りの視線を気にしすぎていると、あなたの「花」は咲きません。

後ろめたいことがなければ、堂々と生きて、耐えた先に自分だけの「花」を咲かせることができます。

 

礼勝てば即ち勝る

あまりに礼儀正しすぎると、相手との距離は縮まりません。

また、本当に仲良くなりたい人に対して社交辞令を多用するのも考えものです。

本音で相手と接しない限り、深い関係に発展することはないでしょう

(個人の意見です)

 

この他にもいくつかありますが、今回はここまで!!

最後までご覧いただき、ありがとうございました。